夢でも見ているのだろうか
そうだ、きっとこれは夢に違いない
だっているわけない、こんなの
こんな、恐ろしい化け物。
目の前にいたのは、悪質なコスプレした人間でも、地球人と交流を測ろうとやって来た映画に出てくるような宇宙人でもなく、死人がゾンビになった姿でもなく、化け物みたいな人間という失礼な意味でもなく、
“怪物”そのものであった。
私は驚くと静かに固まってしまうタイプなのだが目ん玉は相当に開いていたと思う。
だがしかし、ホラーやサスペンス作品にありがちな、なりふり構わず甲高い声で叫びわめ散らかす女性と比較すれば、作中での死亡フラグは格段に低いと言えるだろう。
さて、真っ白な頭で精一杯考える。
映画やドラマで散々怪物を目にしてきたが、そうか、これはドッキリ映画の撮影だ
いや、でもついさっきまでここにいたのはスーツ姿の女性だったはず
そもそもこの怪奇現象(?)と爆音サイレンは何らかの関係があるのであろうか。
本当に全て夢であって欲しい
そんな願いも叶わず、辺りはパニックとなり、走って逃げる人が私の体を押し、足を踏み付ける。
このままだと怪物や謎のサイレンより先に、人に飲まれて死んでしまいそうだったので私も流れに乗って走り出そうとして周りを見た瞬間、恐怖が再構築される。
怪物は一体ではなかったのだ
辺りを見渡すと、駅内の4割くらい怪物で埋め尽くされているようであった。
どの怪物も、何となく色や質感が個体差あるが似たようなものであった。
怖い、やっぱり宇宙人なのかもしれない。
ふと映画の宇宙戦争を思い出した。第9地区を思い出した。こんな非現実的なこと、宇宙人が地球を侵略しに来ていないとおかしい
もう頭で考える余裕もなく、私はただひたすら駅から走って抜け出すことしか出来なかった。
何とか駅を抜け出し、体力が続く限り人気のない河辺まで走った。とにかく周りに目もくれずに走った。公共施設やコンサート会場にいれば人の声掛けや誘導にしたがって動くのだが、 避難所だとか、警察とか自衛隊とか、この非常事態に瞬時には機能しないと直感したのだ。
自分自身のみを信じ続け、走ることと生きることに意識を集中するばかりである。
そんなこんなで、何とか河辺まで向かうことが出来た。人と怪物がいないことを確認し茂みで見つからないところに体育座りになり、LINEを開く。
「何が起こってるの?!あの怪物に襲われてないよね?!」
家にいる母親に真っ先にLINEを送り返信を待つ。
家が侵略されていない限りは無事だと、何度も自分に暗示をかけながらTwitterを再度開く。
トレンド欄は、「戦争」、「サイレン」、「怪物」、「宇宙人」、「化け物」、「機密兵器」
こんな文字で溢れていた。どうやらあの“怪物”も全国で現れているらしい。それも、私が駅で目の当たりにしたのと同じように、サイレンが鳴ってすぐのことであったようだ。
電車はどの路線も遅延していてまだ復興の見込みはない。それはそうだろう、、、
この出来事の発端について、確かな情報が欲しいのに!流れてくる文章は、やれ宇宙人が侵略してきただの、どこかの国の機密兵器が開放されただの。
映画撮影のドッキリでないことだけはハッキリしたが、ここまで世界全体が何も理解していないとなると逆に冷静になってくるものである。
母親から未だ返信が来ないことや周りの大切な人の安否が確認できない分、怖くて仕方がないが、これはゾンビワールドや世界滅亡に立たされたと考えて行動するのがいい気がする。
私はゾンビパニックものやSF系の作品が大好きであり、暇な時間さえあれば敵が現れた時の立ち回り方や、武器は刀がいいか銃がいいかなどという妄想をしていた。
まさか現世に生きていて、この妄想を実践に生かすときが来たのか(?)
そう考えると、不謹慎ではあるが自分の力を試せることに、ほんの少しのワクワクと自信が生じてしまっている。
河辺でひっそりと、妄想と現実を交互に行き来しながら、今日中に家に帰ることを半ば諦め、これからの計画を練ろうとする私であった。
つづく